2008年9月19日金曜日

デスク

気がつけばデスクトップ、ノート、セル、普通のノート3種類
いろいろ書いていることに気がついた


文章やアイディアをさまざまな場所に格納してある、一箇所に集積するとごみの山から宝物を見つけるようなものになるし、分散しすぎると収拾がつかない

そもそもいいアイディアは何気ないときに浮かんできてノートやPCをわざわざ起動してたのでは間に合わない
ウェアラブルコンピューターという言葉を聞いたことがある
手や頭の一部にコンピュータを埋め込み思考や感情を読み取る
そんなSFのような話は後に回し
ハードウェアの進化がここに来て急速に要求されている
インテルのアトム
いうまでもなくネットブックの火付け役になった
タッチパネルやSSDも進化を促す起爆剤にはなっている
だが言いたい事は
今の文明の利器に代替できるものだ
ここで液晶に注目する
紙のように安価になり薄さも手触りも同じくらいになれば
グーテンベルクの活版印刷革命、竹簡から紙の発明
くらいのインパクトがある
ペーパーな液晶は再利用ができるから新聞などにもうってつけで書き心地もよければいと幸いで
本がより身近になる特に再発されるコンテンツにとっては

というわけでプッシュやタイプ、パンチもいいけれど
日本人なら手書きで押しなべていきたい

漢字は変換するものではなく自分で考えて書くほうがなんとなくいい刺激になることがあるので
前置きは長かったですが早く誰かタブレットPCを出してください

PCにコントローラーを接続しろよと突っ込まれそうですがホントそれ専用に設計されたものが見たいのです
電気屋を覗いても既存の延長に設計されたオーエスも含めて何か物足りないのです
記録メディアは増えても自分の頭は豊かになる保証もないけれど
それでも新しい顔が待ってると別の顔の自分を発見できる
全てを統合するとき見たこともない顔へと融合されるのでしょう

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