2008年9月30日火曜日

マーケット

アンドロイド携帯まだ日本では発売されるかはわからないのですが
母親の携帯に勧めてみようと本気で思ってましたよ、えぇ

しかし携帯ショップをのぞくと意外にスマートフォンの需要は早急ではない
何年前かの筐体に機能がひしめき合っているそういう印象です

デジカメに特化した携帯、ワンセグに見やすい液晶を搭載した物

母親は老眼なので字の大きな物
機能もメールとテレビ電話
必要最低限な物を選びました

思うに備えあれば憂いなしのスマートフォンには
家の人間は誰も食らいつかなかった
市場が特殊な日本ではiPhoneも思ったより芳しくない通り
一部のパソコンを無理なく操作できるフリーキーな人たちに向けられてるのか
ということは
いまAppストアーで狂ったようにアプリを収集してる自分にとって
3Gの第二世代、第三世代を待っても何ら不足はなかったはずです
しかしこの所狭しと操作を工夫せざるを得ないアプリを操る光景は
瓶に詰まった帆船模型をにやにやと観察する様に少々似ています

アンドロイドで少々興味がある点は
アプリを扱うアンドロイドマーケットに全く手を加えないということです
いわゆる市場が終わってしまったアタリショックになるのか
それとも非合法すぎるけれど神レベルのアプリが誕生するのか
興味は尽きませんね
ご存じの通り任天堂などはライセンス契約を結んで審査を通してマージンをもらっています
市場はある程度の柵がないといい物も利益も出てこないという見解です
Macを使って唯一の不満はソフトの不足です
締め付けが厳しいのかそれとも開発の敷居が高いのかは不明ですが
もう二度とマックのような市場を築いてほしくないです

PCのソフト開発にライセンス契約ははいりません
しかしサード以上にファーストがこぞって完成度の高いOSを証明する必要性があります
グーグルはネットサービスに特化した企業ですから
音楽や映像を管理するのにPCを使わないと話にならないでしょう
いいところも悪い部分もひっくるめて
今は企業もユーザーも試されている
これからゲーム機メーカーも巻き込まれていきそうな携帯市場
また思う部分があれば書いてみようと思います

日記

明日こそはと意気込んだつもりが今日も眠ったまま
期待する方が愚かだった
自分のこと、将来のことぼんやりしてる
だから三日坊主でもいいから何か燃える物がほしい

買ったものの生かせない物達、しかし長い人生いつの日かコロッと使い道が見つかる
そういうポテンシャルは十分に秘めている

物には何か不思議な力が宿っているのか、それとも神様から何かしらの時間を与えられているのか

未来ははじめから決まっているのか、回避できるのか
進めば進むほどわからないことが増えてゆく

袋小路に入ったなと感じたのは自分の世界がある程度出来上がってから
それまで他人と一緒に透過していた事象が真正面からおそってくる
逃避癖もだんだんとついていった

矛盾だらけが人間らしさ、エゴの大きさが人間くささ
間違ってると思うが今の自分の答え

体中の膿が毎日吹き出しているのだと思う
だからこそ毎日何かを書いている

年老いて白髪になり一人で起き上がれなくなっても表現することで何かを与える
そういう人間になりたい

紙とペンこれさえあれば何だって記録できる
無精な自分が最後に行き着いた道具だった

記録した物は人に見せる必要性はないのだけれども

どうせ繋がってるんだからオープンにしてしまう

いろいろなジャンルがこの世にはあるけれど好きなもだけを選ばずかじるだけでもいい
苦手にしてた物に触れてみる
物事はすべてにおいて影響し合っている
限界だと感じたドアに一石を投じるのは些細な苦手意識の払拭かもしれない

頑なに次のドアを確かに拒んでいるけれど
あの人が見ているうちに自分の手で開いてゆくつもり

2008年9月29日月曜日

総合

21世紀は体系的学問の必要性が早急である
最近になってだ、すべての事象はどこかで繋がっている
俄に信じられないがジャンルを超えて経験は千差万別に応用が利く
一つのことを極めどこかに共通点を見つけ新しい世界を創る
簡単に見えて複雑一方で単純化できる

そういった意味でも総合は自分にとってゴールでもありスタートでもある
鍵は学ぶとき初期の段階で関連づけられるか

病気を患ったとき自覚があまりなかった
でも体は悲鳴を上げていた
体の中で起こっている変化は把握しづらく今でもしこりがある

自分の病気を知ることはとても重要で医師や病院に丸投げだと最後は泣きを見る
病名やつかっている薬の説明をしない医師もいる
物事は最終的になんにおいても自分が理解しないと解決しない

他人に任せてうまくいった試しなど無くて、また手を抜いたなとかもうよそうといった感想しかない

自分の足でしかも体系づけることができる人間がこれから先伸びる
答えはそう簡単には転がってないけれど
結局これが近道だったんだと気付く日が訪れることを信じて

年功

年をとったという証拠でしょうか最近の音楽、最近のゲーム、最近のテレビ、素直に楽しめなくなりました

J-popももっとメロディラインや歌詞、歌唱力は昔の方があったような気もします
それよりもっとも顕著なのがゲーム特にアーケードゲームが死に体な事です
オンラインものや体感はまだまだ健在ですが肝心のビデオゲームが面白くないのです

格ゲーの二番煎じ三番煎じが未だに幅を利かせている時代
では昔はどうだったのか振り返ってみようと思います
小学校時代
ゲーセンは薄暗く映画館のような暗さでした、タバコの臭い
不良の巣窟
家庭用では到底真似できないゲーム例えば硬派な雰囲気を持ったシューティングや
アイディアが光る一発ゲー
バリエーションは今に比べ格段に豊富でした
ドット絵のシンプルなゲームもその時代には健在で暗さがなお魅力を引き立てていました

その暗さ故危なさに故近づくことは殆ど出来ませんでしたが
大人の雰囲気がむんむんに漂い
ゲーセンの裏ではむき出しの配線やら基盤が野ざらしにおいてあるのを見て
家庭用はおもちゃなんだなと妙に納得した経緯があります

小学生のころスト2に浴びた洗礼は凄まじいものがあり
これがやりたいがために必死でゲーセンに通い詰めました
ここでは主観でしか語れませんが、
キャラクターの魅力もさながらグラフィックでここまで衝撃を受けたのは個人的にスト2とヴァーチャ2で
ダルシムステージのガーネーシャなんて見た瞬間
ゲームの表現力もここまできたかとショックを受けました

スト2のヒット後亜流が星のように生まれます
個人的にKOF94で格ゲーは最盛期を迎えたような気もします

カプコンが大衆化した格ゲーを改良に改良を重ねた結果が3on3のチームバトルだったのですね
というわけでですね
パロディウス
グラディウスも別の形で復刻

侍スピリッツもポリゴンで復活

こうなったら技術力がこなれてきた現在可能な限り復刻してもらいたいです

新規ドル箱が望めないと言うことは市場はどんどん縮小してゆくだけですから
格ゲーの次のジェネレーション(多分。。。)を期待しましょう

2008年9月27日土曜日

メディア

ジワリジワリと自分を襲っていること、
それは日本のグローバルな製品が日に日に減っていることです
自動車とゲーム機くらいしかもう残ってないんじゃないか(それでも先行きは不透明)
と極端ですが不安を覚えています

これから日本が推進してゆく分野は携帯やパソコンなどのネットと生活の融合です
書籍、音楽、ビデオ、ゲーム
高次元に融合され手軽にいつでもどこでも配信されるサービス
この世界にあるすべてのコンテンツが手に入る物が出てくれば何だってかまわないのです
本を全く読まない人もいればテレビ見ない人もいるパソコンを持ってない人もいればゲームを知らない人もいる

要は世代間の格差以上にデバイスやコンテンツの間にも格差がある
個人的にテレビやゲームは知らなくてもいいですが読書は必要だと思います
自分に足りないメディアをミックスし感性や知識を豊かにする
もちろん時間は有限ですので話題作りや暇つぶしにやる物を極力減らし自分だけの時間を作る
最後は自分の人生

他人に歩調を合わせたりする必要もなければ立ち止まる必要もありません

今のほとんどが暇つぶしで終わらせてしまうコンテンツだらけが
よりいっそう自分の足で考える必要性を生んでいるのでしょう

ところで国内のメーカーはなかなかミニノートを発売しませんね
元々インテルが推進している企画ですが
ソニーなども参入してほしいものです

なんかまとまりがないですが今日はこのあたりで

2008年9月26日金曜日

TOOLs

前々から些細なことで気付いたこと、大きさ、色、質感、レスポンス
これらが微妙に違うもので描けるものもくみ取れるものも違うこと
文章をメモ帳に留めるか大きな画用紙に書くかそれだけでもだいぶ違う
ちなみに書くことは小回りがきく方がいい 
だから小さなパーツをいつも書き留めておく
ちなみにアイディアはゆったりとしたサイズのノートに
濃い鉛筆でさっさと書く
自分に合えばどんな方法でも許されるのだから
人がいれば十人十色

道具は自分の手足のようなもの
手入れをまめにしないとどんどん錆び付いてゆく
道具を制する者は人生において自分の考えを意のままに表現できる
というわけで自分の身の回りにある使いこなれた物をもう一度見直し
自分にあった物を大切にしましょう

2008年9月25日木曜日

結果

グーグルのアンドロイドOS搭載携帯が発表されました
詳しい仕様は割愛するとして
少し肩すかしを食らった印象です
グーグルはいったい何を目指しているのか
それらの答えがますます自分にはわからなくなりました
スマートフォンの先にPCのプラットフォームへの進出
無料に近い通話料での携帯の提供
密着した広告を提供することできめ細やかな
市場ができあがるのだと踏んでいましたが
市場はとりあえず米国だけ
しかもインターフェイスは既存のスマートフォンと比べ
あまり画期的なものでもないし
複雑な操作をよりシンプルにしようとするアップルに比べ
まだまだこのあたりは経験が足りないのかなと思います

グーグルにはいろいろお世話になっています
無料で厳密に言えば自分の知識や知恵を提供しその対価として
見たこともないサービスを自分に提供してくれました
特にオープンなプラットフォームではグーグルのような
何でもありな会社には鬼に金棒です

しかも独占が許されても健全な市場が約束されていると考えるグーグルには
これから知識や場をどんどんいろいろな人に提供する礎としても
何とかグーグルフォンには公正且つ適正なものがほしかったのです

既存のものになんかとらわれなくていい
周りの目なんか気にしなくていい
いつかグーグルがどんな企業や人々にその遺憾なきポテンシャルを解放してくれることを願いつつ
締めたいと思います

見直すと辛口でしたが
期待がそれだけ大きすぎた結果でまた述べたいと思いますがそのときはよろしくお願いします

2008年9月22日月曜日

再生医療

そういえばと言えば医療にも忘れていたなと思う分野がありました
自分の胚や細胞を使い体の部分を再生する技術
いわゆる再生術
胚は母親が持つ受精卵という何にでも変化しうる細胞が必要で
一般的に不可能とも言われていますが
ここ最近万能細胞の発見や親知らずから抽出する技術など
自分の細胞から作る臓器などは拒絶反応などもたぶん希薄で
これから進歩する分野で一番注目に値する分野です

現代の医学で必要とされる治療が困難なもの
アルツハイマー、脊髄損傷、重い心臓病、白内障

体のパーツが早急に必要な例はたくさんあるので
もし実現した暁には人間の価値観が変わっていると思います

後は安全性ですね生殖細胞も作れるとなると不妊治療にも役立つようで
しかしその子孫がどのような状態に続くのかまで見守る必要性があります

人間の染色体
特に男のYは1000万年後にはすり減ってなくなっていると言います
男という性もなくなり
体は細胞が元気な限り再生が可能
どんな世界になるかはまた後に考えてみましょう

代替医療

以前医学はこれ以上は進歩しないと言われたことを思い出し
納得と一つの疑念を抱きました
医学にはまだ別の可能性があります

自分が思う一つの可能性として東洋医学との融合があります

ひらたく言えば民事療法
針灸 按摩 薬膳 気功 漢方

適度な運動を含め予防医学のようなものです
生活習慣病に効果覿面なのは言うまでもなく
今までの医学では局所に終わっていた治療も体全体
自然の一つとしてとらえるマクロな医学です

特に食生活や環境の変化著しくなり
食道がんや大腸がんの増加
アレルギー ぜんそく
自分たちのライフスタイルにより病気は変遷としてることに気づきます

何より見逃すことのできない原因にストレスがあります
これは現代が抱えるもっとも大きな因子でしょう
適度な緊張と弛緩
これらのバランスをとることで自分たちは成り立っています
ストレスや生活習慣で乱れてしまうと
自律神経という人間の根幹に関わる機能に支障が出てくる

原因不明の病気はここからも出てくるのではないでしょうか

結局医学が進歩しないのは体を一つの小宇宙としてとらえ
総てに繋がっていることを疎かにしていることではと個人的に思います

結局生き方そのものを変えるのが代替医療
その医学がじっくりと融合していく様を観察してゆきたいと思います

2008年9月21日日曜日

散文

聞く 話す 見る 撮る 読む 書く 弾く 描く 

だんだん意識レベルが上がってゆく人間の行動
このどこでもながらができる人間の機能、聞くこと
その機能をシンプルに極めた例が画面のない音楽プレイヤーアイポッドシャッフル
余計な機能が一切ないサイズと筐体は別の次元をと誘ってくれます

五感はまだ耳と目 触覚しか扱えない現代の技術ですけれどそのうち
香りや味を駆使したメディアも登場するかもしれません 今のところですけれど
感覚器を極めればどこでも代替するくらいの能力は身につくかもしれません
目が見えなくなっても耳と触覚、嗅覚を駆使すれば普通の人とは違った世界で普通に生活できるのですから
前置きは長かったですが自分の世界が一番と思い込む以上に
一番怖いのはスタンダード、標準だと思い込むことです
自分の世界は必要以上に目で見たものを信じ思い込んでいます
また舌で感じた味を必要以上に固執し体に取り入れています

人が特化した感覚器など千差万別で
たとえば耳が発達した人は人の言うことをよく聞き分けられ言葉が美しいのです
鼻の利くとはちょっとした異常にも気づくかもしれません
というわけでインプットがおかしければ出てくるものもおかしくなる

自分の意識レベルが少しぼやけてきたなと思ったらそれは感覚器からおかしくなってるのかもしれません
もちろん自分は音楽だって楽しめるし、碁や将棋も大好きですからさほど心配はないのですが

時々、発作的に世界が曇ったり晴れたり
出てくるものが無意識におかしなものになるのは重々自分でも理解しているのです
というわけでインプットは大事です
見なくていいものは見ないようにし
逐一客観的に自分を見守るようなゆとりが必要なのかもしれません

今日二回目の更新失礼しました

READ

本を読んでいてスキルが足りないんだなといったん本を読むのをやめるのか
それともこの本には自分の読む価値は皆無だと見切りをつけるのか
難しい決断を迫られるときがあります
いったんゴミ箱に捨ててしまって時が経ち
後悔することが多々あります
多読は害悪だと唱える人もいれば良質なものを見極めれば多読以外にいろいろな文章を書けるに値しないという人もいます

これも悩みどころですね
これだといえるバイブルが一冊あれば事足りることもあるような気もするし気が多い自分には多読はぴったしのような気もする

テキストは薄めの概略を記載しているものをざっと何回も回転させるのがいいといいます
厚めの専門書のようなものは基礎ができてから進めばいい

ところがなかなかそれらが見つからない
基本書というものはわかると思いますけれど薄くするのが困難なものなんです
どこをそぎ落とすかで非常に著者が迷うことになる

本を書ける人は相対的に読書の後であれこれ考える人だと思います
あぁよかっただけでは済まない

まるで対談を終えたかのように次なる発想へフュージョンする


読書は頭を鍛える数少ない方法の一つで
インターネットやテレビでふやけた頭を引き締めてくれる

情報は石鹸の泡のようなものでなかなか自分の体には残らない
しかし、十分に咀嚼でき丸ごと飲み込めるようなものが発見できたら・・・

相対的に古典へ足を運ぶようになるのかもしれない

2008年9月19日金曜日

進化は突然起爆する。それまでの進化は大きな溜であったかのよう開花するときは一瞬で飛び散る
何事も終わりに向かって収束してゆくのなら人間は自分自身の分身を作り上げてからいなくなると思う
それが完全な無から作り上げられたものかそれとも有機ベースかはわからない

次元は4つ発見されている立体に時間を合わせた4次元
もし重力を操作できるものが発明されれば次元の数が飛躍的に増えるそうだ

時間は戻る、もし3000年にタイムマシンが発明されればいつでも3000年までに戻れることができるそうだ
宇宙外生命体がもし古代から発明していればそれを利用することもできるそうだ

仏教では死ねば何万年何千億年かかり輪廻の輪をくぐり生まれ変わるそうだ
レーダー 転生を探知できる装置ができればもう運命にしがらみを感じることはなくなるだろう



と、自分の中で四大文明と言える
時間旅行
重力操作
人造人間
????

をさらっと挙げましたが
生きてるうちに実現してほしいものですね
世界は新しい価値観、精神性、夢をほしがってます
うねりを挙げる矛盾の亀裂
それらを払拭する意味でも
書くことによって実現に少しずつ近づいているのです

デスク

気がつけばデスクトップ、ノート、セル、普通のノート3種類
いろいろ書いていることに気がついた


文章やアイディアをさまざまな場所に格納してある、一箇所に集積するとごみの山から宝物を見つけるようなものになるし、分散しすぎると収拾がつかない

そもそもいいアイディアは何気ないときに浮かんできてノートやPCをわざわざ起動してたのでは間に合わない
ウェアラブルコンピューターという言葉を聞いたことがある
手や頭の一部にコンピュータを埋め込み思考や感情を読み取る
そんなSFのような話は後に回し
ハードウェアの進化がここに来て急速に要求されている
インテルのアトム
いうまでもなくネットブックの火付け役になった
タッチパネルやSSDも進化を促す起爆剤にはなっている
だが言いたい事は
今の文明の利器に代替できるものだ
ここで液晶に注目する
紙のように安価になり薄さも手触りも同じくらいになれば
グーテンベルクの活版印刷革命、竹簡から紙の発明
くらいのインパクトがある
ペーパーな液晶は再利用ができるから新聞などにもうってつけで書き心地もよければいと幸いで
本がより身近になる特に再発されるコンテンツにとっては

というわけでプッシュやタイプ、パンチもいいけれど
日本人なら手書きで押しなべていきたい

漢字は変換するものではなく自分で考えて書くほうがなんとなくいい刺激になることがあるので
前置きは長かったですが早く誰かタブレットPCを出してください

PCにコントローラーを接続しろよと突っ込まれそうですがホントそれ専用に設計されたものが見たいのです
電気屋を覗いても既存の延長に設計されたオーエスも含めて何か物足りないのです
記録メディアは増えても自分の頭は豊かになる保証もないけれど
それでも新しい顔が待ってると別の顔の自分を発見できる
全てを統合するとき見たこともない顔へと融合されるのでしょう

2008年9月17日水曜日

デルか、ソニーか

少し挑発的なタイトルですが
未だに購入を悩んでいるものPCのノートパソコン
デスクはぶっちぎりでデルがリードしてるものの
ノートパソコンに於けるソニーの功績は未だに輝かしいものがあります
聞けば男性の一位はデル、女性の一位はソニーというデータがあるそうです
Macのあまりにもソフトの数が少ないということに気付かされてからというもの
久方ぶりに両刀使いになろうと思い購入しようと決断しました
しかしハードも安くてバリエーションも豊富なPCに傾く理由はわかります
Macはあまりにもクローズドすぎ
もったいない部分を含め使い勝手が少々劣る部分がある
一つの種類に拘束されていた時代よりよっぽどましな生活が舞い降りてくることでしょう
PCにはクロムもiTunesもありますから
違和感なく使えることでしょう
後はOSですね
10.6がどんな機能をひっさげようとやはり細やかな部分が光ることを願います
日本語変換 バックアップ 処理速度のアップ 等
自分が何をPCに要求してるのかというと今まで見たことの無いような生産性を創ること
たとえば画面を眺めるだけでインスピレーションが刺激されるのもいい


そういう意味でお互いのいいところを見習いつつ独自路線で突っ走ってほしい
こだわりを捨てると自分には何も残りません
結局どっちを選ぼうが一緒だなんていいたくないでしょう

2008年9月16日火曜日

復活

どうも仮死状態だった自分が急浮上する機会が降りて参りました
何にもこれといってはネタはないのですけれども鈍っちゃいそうなので
ネタといえばそう、ここ三日ほど九州を出てを出て神戸まで法事に出かけてきました
しかし田舎もののすごいところは自分の住んでる場所がスタンダードだと思い込んでることです
言葉遣い、物腰、料理の味付けどれをとっても異なり
自分たちの違いを指摘され九州と一括りにされる自分にとって
関西の洗礼は少しでしたが忘れられないものになりました
(どうせなら田舎もの覚悟でどういう印象かすべて聞きたかったのです)
三十路間近で本州に出るのはこれが二度目という根っからのペットドーターな自分ですが
何のこれしきで驚いてはいけません追々自分の生態もばらす(ばれてる?)よう
このブログを引き続き盛り上げていきます

2008年9月6日土曜日

雑談

最近巷で4~5万円クラスのミニノートがはやっていますけれど
スペックを見るとギリギリな線なんですよね
動画や音楽を入れるとすぐにHDDがなくなっちゃう
だからこれはネットブックのなの示すとおりネットサーフィンを
無線LANやWi-Fiなんかで楽しむお手軽なものなのでしょう
しかし一キロを切るくらいの重量なら外へでも外出できうる筐体です
自分の使い方としては
Wi-Fiスポットのある喫茶店かネットカフェでオンラインにあげてあるデータをいじる
まさにファイルを共有する意味でこれからますますネット間のサービスの充実を願う所存です
携帯でこのサイトを更新する夢を見ていましたが
とても無理なんです
たぶん入力方法になれてないからでしょう
そういった意味でも3Gを内蔵したミニノートが
青空の下でのびのびとしたものを描けることをいつか夢想しつつ
今日を締めたいと思います

追伸
最近言葉に食傷気味です、図や音を使ってもっと的確に自分の意志が伝えられないかと模索中です
そういえばアップルのタブレットPCはガセだったのかしら

2008年9月5日金曜日

今日

突発的な感情はいつの間にかイメージの世界を生んでいた
ゴミ集積場が頭に降ってきたり
嫌な上司の頭を思い切りこついたり
そのすばらしい世界がいつの間に広がるかもしれないという予感で降ってくる欲求に正直だった

しかし頭で思うことは特に映像をイメージすることはいつか本当にやってしまう危険性がある
だからそれを逆手にとっていつまでも幸せな自分を妄想する
誰かが自分の幸せを願っていたとしてもあまり意味がない
もしくはそれらに触発され自分を変えてゆく願いがあるのなら

何かをすればプログラムバグのように何か矛盾が吹き出してくる
どうやら自分の行為は他人にははた迷惑な気がしてきた

焦らず体の本能の赴くままに自分を表現すればいい、そう思っていた
多少の遠回りを覚悟してまたゆっくり立ち上がればいい
その先に手に入る笑顔をいつまでも見続けていられるのなら

2008年9月4日木曜日

統合

とある病院でおじさんと話していたときの事でした

もう医学はこれ以上進歩しないよ

何気ない一言でしたがなるほど的を射てるようでまた自分の中では物議を醸し出しました

治せない病気はでも沢山増えてますよ
そうだろ

そう言う意味でも治療法の先端は進んでも病気そのものの数は減らせないという限界がありました
いわゆる現代病の大半は原因不明です
なぜそうなったのか?いわゆるWhat?が抜け落ちてるのが現代の習慣みたいなもので
How?だけがどんどん解明はされています

医療に限った事ではないのですがこれからは何もかもが統合的な視点でものを観察しなくてはいけない
必ず物事には相反する価値観があるはずですからそれらも丸ごと包括する

自分の世界も何か物足りないな
限界を感じ始めたら食わず嫌いや毛嫌いを払拭して飛び込まなくてはいけない
ひょんな答えが今の自分には必要だった事があるので

自分は物事には必ず原因や答えがあると確信していて
見えないものや次元を含め
多種多様なものから影響を受け合ってると思います

今めをつけてるのが代替医学です
つぼや生活習慣 気の流れ 生薬 
自然に返れならぬ人間はあるべき姿が存在する

そう言った意味でもこれから自分なりの発見を記せたらと思います

2008年9月3日水曜日

ネットワークコンピューター

お久しぶりです、気候も変わりつつ体にはこたえることだとは思いますが過ごし易い季節が目の前です
早速やってみましょう いろいろとね

今これを書いてるブラウザは昨日か一昨日にリリースされたグーグルの謹製ブラウザChromeです
このブラウザの凄まじいところを敢えて書くならグーグルが提供しているサービスと相性が抜群なのです
ワープロソフトもワードからオープンオフィスのライターそしてグーグルDoc諸々
と変遷し明らかに新たなユーザーエクスペリメントを獲得しました
ブラウザに複数のアプリが動くこれはさほど目新しいものではないのかもしれません
しかし前述のとおり相性の良さや自社サービスの豊富さそれらが折り重なって新しい意欲がわいてきました
しかし突然のリリース発表じわりじわりと襲う情報戦略
21世紀の企業モデルを垣間見た瞬間でもありました
ともあれ時代は動き始めている
そういう意味でもやるの?やらないの?と聞かれたら
のるしかないでしょう躊躇できるはずがありません