2009年4月22日水曜日

困ったときの造語

そこでしか表現できないものこそが神髄である

意味
小説が映画になったり漫画がアニメになったりするが中には映像化不能なものもある
しかしそれにこそ真の魅力が詰まっている場合も多く
安易に原作者の意識を超えられないものこそ後世に伝えるべきものであると考える

君の文章は少女漫画チックすぎる上意味がよくわからない
映像化は無理だな

2009年4月20日月曜日

造語 Daily

答えとは固執しないことで見つかる


意味
確かに答えが見つからないことは怖いことだが
立ち止まって進まないことはさらに怖いことである


一例
ここにいても進展はないと思う
でもある一定の結果が出るならそれでいいんだ


とんでもない日常こそ魅力的な思い出へと変わる

意味
味わっているときは苦しいが後で振り返れば味のある出来事に変わっている
人生何もないより何かあった方がいいのね


快適なこの日常にいったい何が残るんだろうか?

2009年4月19日日曜日

at the parallel world
















Mom mom Im starving 

Here it is 

Just kidding Im hungry 

But honney 
You are so painful

Whatever I say you are always love only yourself 

No no I'm not lonely because very cold

Happy idea you are alway having and sharing
So rush the middle corner and finish your own fear

OK
Thanx mam


2009年4月18日土曜日

或思うこと

勿体ないと思うとき

やはり今流れてる時間でしょう。
今しかできないことはごまんとあるのですから
年をとってもとんがってられるかはなはだ疑問です。
しかし機会というものがあります。チャンスはそう滅多に訪れるものではなく
臨界期の一瞬のようにしかないもの
悠長に待ってはくれないんです。
要するにやるべき事は次々に現れるものなのですね。
ですから今しかできないこと、今の内にやっておくべき事
これらは本当に大切です。


不安になるとき

今ある世界、イメージがほんの末端だったらという危惧
何の意味かはよく分からないと思いますが
自分の世界、自分だけはしってることもある。
しかしそれ以上に周りは自分のことも周りのことも把握している
役者がいないことには映画は始まりませんが
監督がいないことでも始まらない
この辺りの拮抗は見物でもあり考え物です

しかし時間の有限をおしなべるなら
今読みあさる本もしっかり分別しないといけないし
話す人も選んで言葉も選ばなくてはいけない

イメージを広げることが怖いのならもっと現実を直視すればいい

答えは自分の中ではなく
自分の世間への狭い思い込みから始まっています。

2009年4月13日月曜日

自由 平等 運動


















スポーツをいろいろ観察してきて
自分にとって何が一番楽しかったかと聞かれると
潜在能力の確認です。
もちろん他人との連携や対戦などコミュニケーションの部分が一番大きいのですが
自分が楽しんでプレーできているか、他人に楽しさを与えているか。
これらの要素を再確認することが何より大事なことです。
結局他人とのやりとりだから
コミュニケーションの一部なのだから相手を敬うことを忘れてはいけないし、
優しくならなくてはいけない。
謙遜の意味を含めて上を目指すにはまず謙虚になり素直にいろいろなことを
受け入れなくてはいけない
それを考えるなら現実の世界と何ら変わりない世界でもあります。

この世の中にはいろいろなスポーツがあります
10代20代でやるもの 年をとっても出来るもの 男性女性ならではのもの
年齢性別を超えてスポーツは私たちを解放するもっとも親しみのあるものかも知れません。

second opinion but third infinity power

仮に自分が自前でハードや企画を立ち上げたとしましょう。
やりたいことは自分の規格がおもしろいですからまずはこういった流れで、
しかし、どんなにコンテンツに自信があってもサードがついてこなければ
いつか憤ることになります。
その寿命は様々ですが、独特な特徴があって当然ですからそのおもしろさに消費者はついてくる
しかし、ファーストを凌駕し様々なものを生み出すことが本来のサードの姿です
ファーストは母体をしっかり組み立てることと一定の水準のソフトを生み出す。
後は規格をできるだけオープンにして魅力ある開発土壌を作る。
これだけでトップになれるとは言い難いですが
開発者を何より優遇してきたものが勝者になって欲しいと願います。

自分の中ではどこか一番おもしろいものは自分の中だけだという自負があって
それをどう引き出すか、どう捻り出すかと言うことばかり考えていましたが
しかし、無限の可能性を秘めた環境、
周りの人の考えもちっぽけな自分の自負など吹き飛ばしてくれるような気がして、
自分の考えが最後まで正しいという思い上がりに似た感情こそが
一番危うい考え方ではないでしょうか。

2009年4月10日金曜日

みんなもおいでよ!僕の街 Local imagination

花の命は短くて親の命をおしなべるなら孫の代までいと候

今日は趣向を変えて自分の別のブログと連動してお送りします

さて、不思議な物で人というのは場所によっては元気になれるときもある。
誰かが存在してくれている。そんな気分だとうすうす感じる。
逆にここは不思議だなという場所は未だにその原因はわからない。

地下鉄を途中で下車し繁華街をくぐり近くの公園へ向かう。
途中で校舎を建て替えている高校。
すでに高校は一斉に建て替えの時期に入っていて公立でも真新しい校舎が
凛とそびえている。
校舎の新しさが快適さと直結すると完全には言い切れないが、物は良い物に越したことはないと思う。
古くてもすばらしい物
確かに存在している。
それが今回のテーマなのだが・・・
公園は大きな堀池である
昔の殿様が灌漑用に造ったため池のような物だと聞く
しかし今では貴重なランニングコースになっている
一周ピタリと4k近く、今日も池の周りを朝から走る人で賑わう



隣には未だ散策していない場所があるがそれは再来週にしよう

電車にまた乗ると次は今日の目的文房具店だ
学校指定の文房具店にはないあの自由な空気が好きで。
いつも通っているのは丸善、そして今日の目的、ロフト

こだわりを捨てると人間には何も残らないよ。

会話でぽろりと漏れた言葉、
こだわりを持つことほど煩わしい物はないと思っていたが
ここに来て末永く愛されるということは
こだわりを納得いく形で提供できた会社に限る。

丸善の商品への選球眼は唸る物がある。
入った瞬間に一種の物語へと導かれたような錯覚に陥る。
決して売り場面積ではなくこだわりと見抜く目利きがあれば売り場は無限の広さへと変わる。

コミュニケーションは入った瞬間から始まっている。
直感で雰囲気がよければ信じる。
店員へのしゃべりやすさ等、店のレイアウト等。

圧倒的な広さと品揃えで迎え撃つ店もある、あくまで補完する目的で使ってはいる。
しかし、やはり丸善にない物はないので共存共栄している。


面白かったのは昔ながらの店という物はあくまで人をもてなすことに重点を置いているのに対し
最近から台頭してきた大型チェーンは合理性を極力まで突き詰めた点に限る。

やはり人とのふれあいを求め続ける限り、そして時には割り切った関係を望む限り
これらに葛藤しつつ旅は続くのです。

2009年4月9日木曜日


















ネットをしていて便利だったなと思うことはいろんな人と出会えたこともありましたが
実をいえば買い物が楽しくなったことです。
元々出不精の自分が品物を店をしっかり吟味して納得いく買い物をすることが出来たのは
アマゾンや楽天などのネットショッピングの台頭でした。
昔は書籍だけだったアマゾンもゲームやDVD
エレクトロニクス、食べ物から宝飾品まで何でも揃う百貨店のような物です。
しかし配達となると関東の倉庫からの発送となるのである程度の時間はかかります。
ですからできたてほやほやのラーメンや今日の晩ご飯の食材を頼むには向いていないのかも知れません
そんなときに近くの24時間開いているスーパーの出番です
あれだけの品揃えでしかも一人暮らしの老人は増えている。
カスタマーがテレビでリモコン一つ、または冷蔵庫をネットとつないで財布や中身と相談しつつ献立を決める
それでは近くの店は減ってしまうのかも知れません、しかしこれが時代の流れなのです。
本屋、CD、レンタルビデオ、ゲームショップすでに家にいながら全ての商品が購入できる日は近いです。
人間とのやりとりが減るのが寂しい、あの笑顔、活きの良い声。そう言う声も一部では聞こえます。
結局は画面を通してもですよ、人とのやりとりは変わらないと思います。
丁寧な物腰や思いやりというのは画面の至る所にまたは対応に差が出てくると思うのです。

2009年4月8日水曜日

ネッツ

ウェブアプリケーションはブラウザを介して別の場所で処理をしているアプリです
ですから回線に負担がなければマシンの性能はさほど問われません
ビデオオンディマンドのように必要なときに必要な物を借りる。
ゲームでもPCでも完璧なサービスが構築されればモニターとコントローラーさえあれば
買い換える必要性もなければソフトを買いに行く必要性もない
携帯では厳密に言えばスマートフォンの世界では今アプリケーションの市場が賑わっています。
ノートパソコン、特にミニノートに波及することは必死で
タッチパネルを用意すれば尚のこと互換性や機能性はすんなりいくことでしょう。
とりあえず今はウェブアプリケーションのオフラインでもしっかり動く物を用意して
どうやって課金すればサイクルするのか?もしかしたら別のエコシステムが構築できうるのか?
この辺りに解決法を見いだした会社は主導権を握るような気もします。

ウェブアプリケーションという物は当たり前ですがブラウザを介して動きます。
ですからブラウザは次世代のOSに近い物ですのでシェアの争いは結構重要です。
OSはマック、ブラウザはファイヤーフォックスではさほどウィンドウズを使っても変わりません。
ブラウザ戦争は自前のサービスに特化したまたは最適化された物に軍配が上がるのかも知れません。


2009年4月7日火曜日

嗜好



















タバコやコーヒーは香りや味を楽しむ。
アルコールはほろ酔い気分に浸るのを楽しむ。
大人になると嗜好品がどんどん増えてきて
飽きることはないのですけれど些細なことに驚く新鮮みも薄れてきて
次の満足を際限なく探していることに気付きます。

生活を豊かにするために何が必要か?
それはほんの少しの優しさと好奇心、
今は目的へ急ぐことだけで一杯一杯ですけれど
良いじゃないですか寄り道したって
少しぐらい遅れたって
自分が笑える人生が一番良いのです。

2009年4月6日月曜日

Eee paper ?


















電子書籍
どんな端末やサービスが良いかなぁとスケッチしていたら
一つのPCに何処かのメーカーがコンセプトモデルとして掲げていた物に当たりました
要はダブルスクリーンでタッチパネルでカラー
そうなるとネットブックを改良するだけで似たような物はできあがるのです
PCと同等のアプリケーションが動けば汎用な物になるはずです。
24時間好きなときに好きな場所で本を買える。
本屋にとって見れば脅威でも何者でもないはずです。

iPhoneに触れて抱いた一抹の危惧
それはタッチパネルでは文字入力が凄く不便なこと
普段はPCとして使うのでどちらか一方のディスプレイがキーボードになるはずです
その時に十分な感触とレスポンスを提供できるかも鍵ですね。

正直な感想を言えば紙の本はもう自分にとってクラシカルな物以外なに物でもないです
あの本を買いたかったのに次に行ったときは置いてなかった。そして痛烈に買っておけばと後悔する。
文章のキーワードで検索をかけたい。
持ち運ぶのが凄く重たい。
等々
デジタル化にするメリットはこれだけではないはずです。
市民権を手にする日は近いかも知れません

2009年4月5日日曜日

文字 言葉 出版

言葉は常に変化している。
文字もそれに追随している。
出版も変わる。
極端な話これから日本語は漢字がなくなり
尊敬、謙譲といった煩わしい表現は消え。
出版も紙の本はなくなる。

言葉はシンプルなようで実はとても難しく奥も深い。
言葉では表現の限界を感じるときもあるし
また無限の楽しみを見いだすときもある。

規則正しく羅列されている文字達
近い将来、字を追わなくても頭に入る文字になるかも知れない

読むことが絵を見るように一瞬で感じれるのなら
あなたの読書スキルはかなり高い。

優れた本という物は読者の精神にそれほど負担をかけないらしい
見た瞬間これはわかりにくいなという物は
受け手の問題だけでなく書く側にも問題はある。

まるで乾いた砂漠のような心が水を一気に吸収する。
そんな貪りつきたい文章にいつか出会いたい物だ。

光ファイバーを自宅に敷いていれば
図書館の本が全て家にいながら読める。
すでに実現は可能ではある。

読むことは勉強という行程の礎となる物で
専門書を数十冊読めば専門家にそれなりになれる。

今日も本棚を覗いてはパラパラとめくる程度だけれど
先人の残したとてつもない世界を垣間見る。
悔しいけれどすでに自分の世界はまだまだ小さい。

2009年4月4日土曜日

数字 Accross the universe

















数は文字に比べて違った物ですよね。
状態を精密に表せるし、順番や順位。
時間や面積等。
数字なしでは現代の文明は語れないと言っても過言ではないはずです
桁を増していけば無限に存在するかも知れない数。
ミクロの世界もあり、そしてマイナス、人間が造った数
今考えるのなら宇宙の存在する銀河の数だけ数字は存在する
そうすれば宇宙の起源のビックバンも数字で表せるはずだし
ゼロの正体もわかるかもしれない。
今表せている世界はほんの末端だとしたら
数もどんどん進化してゆくのかも知れません。

ルネサンス

世界には見本とすべき書物がごまんと揃っています。
思想、情熱、知恵など。
いろいろな物を享受して自分の生活の潤滑にしています。
欧州ではギリシャ時代の文化を復興しようとした運動
ダヴィンチやミケランジェロなどを輩出した時代。
ルネサンスのおかげでここまで近代の文明は花開いたのでしょう。
イスラムなどの高等な文化はルネサンスが存在しなかったので
欧米において行かれたという説もあります。

自分の国において誇るべき物はたくさんありますが
特に、古事記、万葉集、古今和歌集、源氏物語などは
今でも色あせない金字塔だと個人的に思います
出来ればこれらを全て吸収し自分の世界を構築したい。
古典は奥が深すぎて常人には推し量れない面もあります。
しかし、生まれた国の文化のオリジンも知らずに
文章を書くのは僭越で非常に日本語を操る身としてはもったいないと思うのです。
だから始めてみましょう、先人の通った道を通る。
基本がわかれば見えてくる物がまた違うはずです。

2009年4月3日金曜日

お茶の間でクリエイト

モニターは大別すると4種類近くあります
セル、ラップトップ、デスクトップ、液晶テレビ。
ネットトップ、いわゆるリビングPCにこれからますます注力してゆきたいと思っています
なぜなら大画面でほとんどのコンテンツを集積できる可能性のあるメディアだからです。
いろいろな会社から企画やセットトップが出てはいます
しかし中途半端な面は否めません
何が中途半端だというとコンテンツを自前で用意できていない点が挙げられます。
そしてPCに匹敵するような機能性を持たしてはいないからです。
個人的にデスクトップは書斎などにおいて本に囲まれた生活になじませたい
ラップトップは完全に趣味の世界に拘泥させたい。
セルはいつでも何処でも身につけるような感覚で利用したい
ネットブック等の小さなPCは前者を補完する意味で利用したい

テレビはお茶の間でみんなと共有できる物を楽しみ、そして作る。
そのためにも新しい入力装置は必須ですし、独自のコンテンツを用意する必要がある。
もはや鑑賞、遊ぶだけではもったいない空間だと思います
You tubeのリビング版だけではもう物足りません
もしかすれば芸術家が将来絵を描くようなキャンバスになるかもしれない。
HPを大画面で鑑賞できれば小さな字の見えないお年寄りにも
アピールできるかも知れない

そう言うところが出そろったところで自分で考えると
あの会社しかないだろうというのは想像に難くないはずです
しかし、自分でも最良の物を考えている最中です
肝は入力装置ですね
マウスとキーボードでしたらあまりにPCに近すぎてしまう。
モニターの大きさや置く場所によって
こうも違った思想を考え出さなければいけないことに奥の深さを感じています。

2009年4月2日木曜日

Rest work Ⅱ

造語、後半

他人の気持ちは自分に伝染する

意味
他人に与えた印象とその他人が自分に抱いた気持ち、
その二つがおりなって自分に返ってくる。
もしかすれば純粋に他でもなく他人が自分に抱いた気持ちだけかも知れない。

可愛い子見ると切なくなってくるよ。


世界で一番愚かな自分を受け入れなくてはいけない。

意味
あくまで持論で他人とは自分よりも遙かに生き方を学んでいる。
謙虚な気持ちさえあれば未然に事故も防げるし
他人の意見を吸収し伸びてゆくのではないのか。

恥をかいたのは自分だったし
井の中の蛙だったな、知識も経験も知恵もあるあの人達にあんな態度をとって・・・



彼方の女と書いて彼女と呼ぶ

意味
性別を乗り越えれること、即ち愛があるが。
女同士の絆はそれ以上に強いのである。

これは戦争のような気もする・・・・・


他人は変えることは出来ない

意味
人間とは何かと人に干渉したくなる物だが
人間を変えるのは当人の意思であって何人にも触れられない領域なのである

長続きしないのはきっと自分の意思じゃないからなんだよ。

Rest work

造語

結果とは無意識に成し遂げられる物である。

意味
結果とは小さな事の積み重ねであり
自分の些細な日常が大きな結果と繋がっているのである。

思えば遠くまできたもんだ。


人生観が変われたのならどんなことでもしめた物

意味
災害や、失敗、困難、挫折、事故など様々な理由で人間は変わる
けだし、何事にも理由はあり、得ることもあり、悲観しすぎることはないのである

世界がなんだか見違える気がするな。今までの自分は何だったんだろう。