花の命は短くて親の命をおしなべるなら孫の代までいと候
今日は趣向を変えて自分の別のブログと連動してお送りします
さて、不思議な物で人というのは場所によっては元気になれるときもある。
誰かが存在してくれている。そんな気分だとうすうす感じる。
逆にここは不思議だなという場所は未だにその原因はわからない。
地下鉄を途中で下車し繁華街をくぐり近くの公園へ向かう。
途中で校舎を建て替えている高校。
すでに高校は一斉に建て替えの時期に入っていて公立でも真新しい校舎が
凛とそびえている。
校舎の新しさが快適さと直結すると完全には言い切れないが、物は良い物に越したことはないと思う。
古くてもすばらしい物
確かに存在している。
それが今回のテーマなのだが・・・
公園は大きな堀池である
昔の殿様が灌漑用に造ったため池のような物だと聞く
しかし今では貴重なランニングコースになっている
一周ピタリと4k近く、今日も池の周りを朝から走る人で賑わう
隣には未だ散策していない場所があるがそれは再来週にしよう
電車にまた乗ると次は今日の目的文房具店だ
学校指定の文房具店にはないあの自由な空気が好きで。
いつも通っているのは丸善、そして今日の目的、ロフト
こだわりを捨てると人間には何も残らないよ。
会話でぽろりと漏れた言葉、
こだわりを持つことほど煩わしい物はないと思っていたが
ここに来て末永く愛されるということは
こだわりを納得いく形で提供できた会社に限る。
丸善の商品への選球眼は唸る物がある。
入った瞬間に一種の物語へと導かれたような錯覚に陥る。
決して売り場面積ではなくこだわりと見抜く目利きがあれば売り場は無限の広さへと変わる。
コミュニケーションは入った瞬間から始まっている。
直感で雰囲気がよければ信じる。
店員へのしゃべりやすさ等、店のレイアウト等。
圧倒的な広さと品揃えで迎え撃つ店もある、あくまで補完する目的で使ってはいる。
しかし、やはり丸善にない物はないので共存共栄している。
面白かったのは昔ながらの店という物はあくまで人をもてなすことに重点を置いているのに対し
最近から台頭してきた大型チェーンは合理性を極力まで突き詰めた点に限る。
やはり人とのふれあいを求め続ける限り、そして時には割り切った関係を望む限り
これらに葛藤しつつ旅は続くのです。