しばし美というものを考えた事があります
美を意識する
独りで絵を描いたり
独りで音をつくったり
しばし自己で完結したものは美意識が宿るといいます
そして最中には美というものは主体にはほとんど何も感じられず
第三者の目に依って判断されるものだという事
目的に突っ走ってる最中に与えられる美という判断
なるほど
確かにやってる最中に誰かに見られてる意識を持ってると
自分の世界がつくりにくいと同様に
無我夢中に自分の瞬間瞬間を作り上げる必要があるのかもしれません
とりあえず美しいものはどんなものでも儚く
時間を超越してるのに一瞬で壊れてしまいます
特に自分なりのフィクション
時空を超越した自分なりの造形をつくりたがるのはそう言った理由からなのかも知れません
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